2019年 03月 02日
3/1(金) |
相方の哀悼を込めての巡礼と、
私の認知症予防も込めて
ビワイチが完歩したので
次なるお題は
国道2号線を歩くです。
全盲の息子が、阪神大震災の2年後に
18才で京都を離れ、一人生活を始めた地です。
相方も何度も国道2号線をぶっ飛ばして
息子の生活を応援をしていました。
そこで、我々家族には、
思い出深い国道2号線の旅へと相成りました。
まず息子が一人生活を始めた「住吉」から西へと
歩き始めます。
国道2号線は、歩道も広く、とても歩きやすいです。
元町に着く頃にはちょうどお昼で
家庭料理の中華を食べて
さらに、復興のシンボル、長田の鉄人28号を
めざして歩きます。
震災で街が壊滅状態になりつつ
復興への道のりは、
過酷な、血のにじむような辛いものだったろうと
想像しながら長田商店街を隅々まで歩き
本日は終了です。
19.5キロ 27000歩
次回は長田から、さらに西へと歩を進めます。
私の認知症予防も込めて
ビワイチが完歩したので
次なるお題は
国道2号線を歩くです。
全盲の息子が、阪神大震災の2年後に
18才で京都を離れ、一人生活を始めた地です。
息子の生活を応援をしていました。
そこで、我々家族には、
思い出深い国道2号線の旅へと相成りました。
まず息子が一人生活を始めた「住吉」から西へと
歩き始めます。
元町に着く頃にはちょうどお昼で
家庭料理の中華を食べて
さらに、復興のシンボル、長田の鉄人28号を
めざして歩きます。
復興への道のりは、
過酷な、血のにじむような辛いものだったろうと
想像しながら長田商店街を隅々まで歩き
本日は終了です。
19.5キロ 27000歩
次回は長田から、さらに西へと歩を進めます。
by sirochan1212
| 2019-03-02 00:41
| 等身大の幸せ